東京・新宿の地上げ会社の本間邦治社長が殺されていた事件は、その捜査の過程でも、土地取引に大手生命保険会社の過剰融資がからんでいたことがわかってきた(『A新聞』八八年四月七日夕刊)。 だが、Nの今後の不動産投資でとくに重要なのは、単なる賃貸ビルの建設ではなくなっていることである。

さきの財務企画室『金融機関としてのN生命』も、〈現在当社が参画している大規模プロジェクトとしては、関西新空港、東京湾横断道路、千葉幕張新都心開発、横浜みなとみらい21計画などがまた、八七年度の「財務第一本部執行方針」は、〈不動産投資分野〉の〈構造改善〉と称し、〈とりわけ、大規模都市総合開発者としての取組みを本格化〉すると述べている。 N自らが〈ディベロッパーとして自ら市場を開拓しプロジェクトを組成する〉というのだ。
単なる〈参画〉ではなく、自ら〈開発者〉となり、仕掛け人となることである。 ニッポン株式会社の筆頭株主は、日本経済そのものへの投機ばかりか、日本列島の土地投機の仕掛け人にもなろうというのだろうか。
新型店舗第一号のライフプラザ新宿東京の新宿副都心の高層ビル街の遠景は、そこだけがアリの塔のように盛り上がっている。 N東京総局がある日比谷シャンテあたりに比べれば、超大型の無国籍の風景である。
いや、多国籍の風景というべきだろう。 いま多国籍化を急いでいる日本の大会社が、そろって巨大なビルの住人となっていた。
以上のような株式と不動産投資は、〈インフレヘッジ効果〉どころか、その市場を動かし価格を押し上げてきた。 その結果として、Nは莫大な含み資産をためこんだわけである。
だが、肝心の社員である保険契約者には〈インフレヘッジ効果が期待できる〉どころか、インフレのツケを回されている。 保険期間は二○年から三○年という長期であり、平均寿命とともに伸びている。
これほどの長期間での物価上昇は何倍にもなる。 Nは保険料を手にするとすばやく投資して増殖させ、〈インフレヘッジ効果〉も含み資産として秘匿しているが、保険契約額の方は物価の上昇によって目減りする。
何十年もさきに受け取る保険金の実質的な価値は、物価上昇率に反比例してがた落ちになる。 Nの「経営基本理念」は、〈共存共栄〉をもうたっているが、〈インフレヘッジ効果〉の含み資産はすべてNのふところに入っている。

一方、契約者である国民は、ますます苦肉の策で、命を担保に「買う福祉」を手にしなければならなくなっている。 ここに、生命保険大国の悲劇的な構造がある。
しかも、「買う福祉」を強制されている国民に売り付けている、Nの保険商品そのものが、保険ともいえないような〈金融業務〉のための金融商品に変質している。 「生活のため」「老後のため」というのをうたい文句にしながら、保険としての保障機能を無視し、Nの増殖に必要なマネーをかき集めるための金融商品となっている。
高層ビル街には、銀行や証券会社、損害保険会社、生命保険会社などの金融大会社があちこちに入っていて、金融街の側面もみせていた。 かつて国鉄新宿駅西口あたりの飲み屋で、いっぱいひっかけていたサラリーマンともちがって、いかにも大会社のエリート・サラリーマン風の姿が目立った。
そこに、大会社を中心にしたビジネス街が誕生していた。 NがS不動産と共同で建でた、大型ビジネステナントビルの新宿NSビルの三階に、Nの新型店舗第一号のN・ラィフプラザ新宿があった。
このビルの館内従業員だけで八○○○人、従業員も含めた一日の来館者数は二万人を超えるという。 九○年には、この隣接地に都庁が移転してくるこNの新型店舗は、八七年一二月に開店したばかりだった。
「ニュース・レリース」(八七年一二月一日付)は、〈「総合生活保障サービス産業」を志向する弊社の新しいサービス拠点として開発した第一号店舗〉であり、〈生保業界では東京都心地域における初の本格的な新型店舗〉であると位置付けている。 Nでは、開店後の評判がよくて、生活設計相談などは希望者が多いので、予約が必要であるということだった。
私も加藤晴夫店長に取材を予約してからでかけた。 店長の名刺には、店長の肩書のほかに〈ファイナンシャル・プランナー〉というカタカナ職が刷り込んであった。
「ニュース・レリース」によると、ファイナンシャル・プランナーは、〈生活設計コンサルタントの他に、財産運用、税制面での幅広いコンサルタントやアドバイス、金融商品に関する多様な情報を提供〉するそうである。 いま、証券会社や信託銀行などが競ってこのカタカナ職を配置し、マネーや不動産の運用から節税対策などの相談に応じ、リーテイル分野でも財テクのノウハウを活用していた。
新店舗は、〈二○代?四○代前半のサラリーマン、Oー〉を〈主な対象者〉にしていたが、店長の話では、実際にここを訪ねた客は、狙った〈対象者〉より高齢者が多かった。 来店者は男女半々だったが、女子は各年代に平均的に分布している。
だが、男子は退職前の世代と三五から四五歳までが、二つの山になっているという。 「ニュース・レリース」を読んだ段階では、五二歳の私は〈対象者〉外と思っていたが、男子では最も多い退職前の世代のはしりに当たる。

店長の案内で、定年前の男子の相談客の身代わりのつもりで、Nが誇る新型店舗の仕掛けに乗せられてみた。 店舗のなかほどのサロンで、生活設計パソコンに向かった。
年代によって、結婚、出産、教育、住宅、老後についての準備費用がいくらかかるかという、生活設計のメニューがいくつかあった。 私が選んだメニューは、映しだされたアニメーションとともに、「老後それは人生の円熟」「元気がいっぱい、おカネもいっぱいだといいんですが……」というナレーションではじまった。
新N年金の紹介パンフレットなどで掲載している、〈六五歳以上の一世帯あたりの実支出は月平均で、約二八万円〉という統計数字が、まず、画面に表示され、「暮らしにかかる費用はおよそこれだけ」と教える。 つぎに、「これから先の理想のストーリーを書いてください」といい、「もっとアクティブに展開しましょう、あなたの好きなことをどんどんやりましょう」と呼びかける。
だが、一種のアンケートであり、いくつかの画面で何項目かをあげて、そのなかでなにがやりたいかを選ばせ、タッチプレートにふれて回答させる。 たとえば、庭いじり、日曜大工、釣り、映画鑑賞などから複数回答であげる仕組みである。
趣味やスポーツ、旅行などの何画面かが表示されるが、選択項目がありきたりで、私の好みにぴったりの項目はほとんどなかった。 一画面で回答するたびに、「これらにはこれだけ費用がかかります」と、年間にかかる金額が画面に表示された。
このアンケートの最後は、「あなたの理想の老後にかかる費用は、しめてこれだけ」と、回答した趣味やスポーツなどの年間費用の総計が画面に表示される。 私の場合は、一七四万円だった。
実支出がさきの月平均約一八万円U年平均三三六万円だとすると、一七四万円と合算した五一○万円が、私の理想の老後には必要であるというわけである。 私は懸命に働きつづけている超年収は働き盛りのいまでも五一○万円にはならない。
フリーの身では退職金も企業年金もなく、理想の老後はとても望めないことになる。


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